新しい記事を書く事で広告が消せます。
そして、時は流れた――。
僕はこうして、残り一週間を切った地域リーグ決勝大会予選リーグを待ちわびている。
本当に優勝出来て良かった。傍観者にならずにすんで良かった。思う存分、ピッチ上の「選ばれし者たち」にエールを贈る事が出来る。
Mi-oびわこ、徳島アマ、セントラル中国。それぞれ各地域を勝ちぬけてきた強豪。その全てが格上。正直、松本の評価は決して高いものではありません。
ならば、大番狂わせを起こしましょう。皆の声援が、苦しい選手たちに「あと一歩」を踏み出させるのです。そして、皆で一緒に熊谷まで行こう! JFL昇格を決めて、最後に笑おう。
声を出せ、手を叩け、足を踏み鳴らせ、旗を振れ、叫べ、歌え、戦え……。
それじゃあ、アルウィンで待っています。
writed by sapo(“sapo” time blues)
僕はこうして、残り一週間を切った地域リーグ決勝大会予選リーグを待ちわびている。
本当に優勝出来て良かった。傍観者にならずにすんで良かった。思う存分、ピッチ上の「選ばれし者たち」にエールを贈る事が出来る。
Mi-oびわこ、徳島アマ、セントラル中国。それぞれ各地域を勝ちぬけてきた強豪。その全てが格上。正直、松本の評価は決して高いものではありません。
ならば、大番狂わせを起こしましょう。皆の声援が、苦しい選手たちに「あと一歩」を踏み出させるのです。そして、皆で一緒に熊谷まで行こう! JFL昇格を決めて、最後に笑おう。
声を出せ、手を叩け、足を踏み鳴らせ、旗を振れ、叫べ、歌え、戦え……。
それじゃあ、アルウィンで待っています。
writed by sapo(“sapo” time blues)
2004年シーズンも残り僅か。クラブは補強に活路を求めた。2005年を新体制で挑むにあたり、さすがに県リーグで迎えるのは幾らなんでもまずいのは誰の目にも明らか。今年は意地でも残留しなければならない。
鏑木享の獲得を某ファミレスで聞いた時、僕は軽くビックリし、持っていたティーカップをはったと落とした。「スーパーカブ」と呼ばれた、人気者。さすがに地域リーグレベルだと「とにかく上手い」という評判である。もう一人、名前は秘すが元Jリーガーのセンターバックも加入。攻守に軸となる助っ人を加えたわけである。残り2戦。連勝すれば残留が決まる。
まずはアウェイゲームに競り勝ち、最終戦はアルウィンサブで行われたホームゲーム。「鏑木加入」の報道もあってか、数百人ほどの観客が集った。こんな多くの観客が山雅SCの試合を見ている事実に少しだけにんまりしてしまう。何しろ、4年前は10人だったからね。
キックオフ。鏑木と東城の2トップは前線をかき回し、守備陣はゴール前で身体を張る。大袈裟かも知れないが、そこで行われていたのは紛れもない「フットボール」だった。
90分はあっという間に過ぎた。対戦相手のPFUも降格がかかっており、意地と意地のぶつかり合いと呼ぶに相応しい泥臭いゲームとなったが、1-0で薄氷を踏むような勝利。
「終わった……」
疲れた1年だった。笑えなかった。よもや2部でここまで苦戦しようとは。
しかし、大きな感触を得たのも事実だった。この苦労も来年以降の笑顔に繋がるのだと思えば、この疲れも吹き飛ぶだろう、と。
信じていた――笑える日が必ず来るはずと。
鏑木享の獲得を某ファミレスで聞いた時、僕は軽くビックリし、持っていたティーカップをはったと落とした。「スーパーカブ」と呼ばれた、人気者。さすがに地域リーグレベルだと「とにかく上手い」という評判である。もう一人、名前は秘すが元Jリーガーのセンターバックも加入。攻守に軸となる助っ人を加えたわけである。残り2戦。連勝すれば残留が決まる。
まずはアウェイゲームに競り勝ち、最終戦はアルウィンサブで行われたホームゲーム。「鏑木加入」の報道もあってか、数百人ほどの観客が集った。こんな多くの観客が山雅SCの試合を見ている事実に少しだけにんまりしてしまう。何しろ、4年前は10人だったからね。
キックオフ。鏑木と東城の2トップは前線をかき回し、守備陣はゴール前で身体を張る。大袈裟かも知れないが、そこで行われていたのは紛れもない「フットボール」だった。
90分はあっという間に過ぎた。対戦相手のPFUも降格がかかっており、意地と意地のぶつかり合いと呼ぶに相応しい泥臭いゲームとなったが、1-0で薄氷を踏むような勝利。
「終わった……」
疲れた1年だった。笑えなかった。よもや2部でここまで苦戦しようとは。
しかし、大きな感触を得たのも事実だった。この苦労も来年以降の笑顔に繋がるのだと思えば、この疲れも吹き飛ぶだろう、と。
信じていた――笑える日が必ず来るはずと。
とはいえ、山雅SCも指を咥えて見ていただけではない。勝てず、目標も見当たらないという現状を打破すべく、クラブや有志らが「ラズーソ松本プロジェクト」を立ち上げた。ご存知、「アルウィン・スポーツ・プロジェクト」の原形である。山雅SCが曲がりなりにも「Jリーグ昇格」をぶち上げたという一報は、局地的規模で話題となった。
というわけで、松本に「プロを目指すクラブ」が出来たことで、2部とはいえ僕らはやる気に満ちていた。予想以上にクラブは勝てなかったが、とりあえずその辺は気にしないことにして(気にしろ)、クラブを鼓舞すべく横断幕を作った。現在ならば30メートルを超える超特大の横断幕を20〜30人が集って一気に作っては、常識派から「誰か止める奴はいなかったのか」、「みんな、もうちょっと大人になろう」と眉をひそめられるのが関の山だが、当時は今と違って片手で足るメンバーしかいなかったため人海戦術がとれない。あの「ULTRAS MATSUMOTO」の横断幕でさえ、実は数日がかりで仕上げたものだった。
横断幕は作った。夏が終わった。
はっと気がついたとき、クラブは降格争いに参戦していた。「Jリーグへの道程」に早くも暗雲が立ち込めていた。
というわけで、松本に「プロを目指すクラブ」が出来たことで、2部とはいえ僕らはやる気に満ちていた。予想以上にクラブは勝てなかったが、とりあえずその辺は気にしないことにして(気にしろ)、クラブを鼓舞すべく横断幕を作った。現在ならば30メートルを超える超特大の横断幕を20〜30人が集って一気に作っては、常識派から「誰か止める奴はいなかったのか」、「みんな、もうちょっと大人になろう」と眉をひそめられるのが関の山だが、当時は今と違って片手で足るメンバーしかいなかったため人海戦術がとれない。あの「ULTRAS MATSUMOTO」の横断幕でさえ、実は数日がかりで仕上げたものだった。
横断幕は作った。夏が終わった。
はっと気がついたとき、クラブは降格争いに参戦していた。「Jリーグへの道程」に早くも暗雲が立ち込めていた。
2004年から、北信越リーグは2部制に移行することになった。
ついては、今ある10クラブを8クラブにまで減らし、それを1部とする。残りの2クラブ+各県リーグからクラブを求め、8クラブで2部を作る、ということになった。ちょうどJ2が出来た時とやり方は似ている。
とりあえず下から2クラブは北信越リーグ2部に「落ちる」。えらいことである。山雅SCは北信越リーグが出来て以来、ずっとその椅子を守り続けてきたクラブであり、降格という文字を知らなかった。
かつて、長野エルザ(現AC長野パルセイロ)は県リーグに降格した過去を持つが、1年で北信越リーグに復帰、「Jリーグ昇格」を旗印に掲げ、強化を続けてきた。その成果は如実に現れており、今やリーグ上位クラブ。優勝、JFL昇格を伺おうという勢いだ。
山雅SCはというと、相変わらずの低空飛行を続けていた。2002年は8位。降格候補に名を連ねるのもむべなるかな、という惨状だ。
危機的状況なればこそ、「ULTRAS MATSUMOTO」のサポートにも一段と熱がこもる。車に乗り合わせてアウェイゲームにまで顔を覗かせ始めた。熱病もここまで来ると立派である。
しかし、クラブは勝てなかった。アウェイの新潟蹴友会(現グランセナ新潟)との試合で、2004年シーズンの2部「降格」が決まってしまった。都合で参戦を見合わせた僕は、その場に居合わせる事が出来なかった不甲斐なさに、唇を噛み締めるしかなかった。
2003年は、そうやって終わった。
ついては、今ある10クラブを8クラブにまで減らし、それを1部とする。残りの2クラブ+各県リーグからクラブを求め、8クラブで2部を作る、ということになった。ちょうどJ2が出来た時とやり方は似ている。
とりあえず下から2クラブは北信越リーグ2部に「落ちる」。えらいことである。山雅SCは北信越リーグが出来て以来、ずっとその椅子を守り続けてきたクラブであり、降格という文字を知らなかった。
かつて、長野エルザ(現AC長野パルセイロ)は県リーグに降格した過去を持つが、1年で北信越リーグに復帰、「Jリーグ昇格」を旗印に掲げ、強化を続けてきた。その成果は如実に現れており、今やリーグ上位クラブ。優勝、JFL昇格を伺おうという勢いだ。
山雅SCはというと、相変わらずの低空飛行を続けていた。2002年は8位。降格候補に名を連ねるのもむべなるかな、という惨状だ。
危機的状況なればこそ、「ULTRAS MATSUMOTO」のサポートにも一段と熱がこもる。車に乗り合わせてアウェイゲームにまで顔を覗かせ始めた。熱病もここまで来ると立派である。
しかし、クラブは勝てなかった。アウェイの新潟蹴友会(現グランセナ新潟)との試合で、2004年シーズンの2部「降格」が決まってしまった。都合で参戦を見合わせた僕は、その場に居合わせる事が出来なかった不甲斐なさに、唇を噛み締めるしかなかった。
2003年は、そうやって終わった。
「山雅のサポーター、始めるから」
そう彼が言った時、僕はてっきり本業の過酷なスケジュールで乱心されかけたのかと思ったほどである。
その彼は、学生時代に山雅SCに練習生として参加していた経験のある、いわばOBだった。2002年の天皇杯県予選準決勝を観戦以来、サポーター魂に火が点いているのは知っていた。しかし……。
「マジで!?」
僕は思わずそう叫んでしまったが、断固として言う彼の迫力に押され(この人は常に断固だが)、とりあえずサクラのような形で付き合うことになってしまった。
参加人数は多くても5、6人。少ないと2人。Yahoo!オークションで太鼓を買って、見よう見真似の手拍子、コール。青空の下、2万人入るアルウィンを舞台にするには如何にも心もとないサポーターグループだったが、正直言って楽しかった。見切り発車でも何でも、初めの一歩を刻むのは痛快だ。
――それが「ULTRAS MATSUMOTO」の原風景だった。
酔狂な僕等の応援は、それでも選手たちの励みとなったらしい。その頃は、今以上にクラブと僕等の関係は近く、小林克也さん(現コーチ)から「応援してくれるなら、これあげるよ」なんて、古いユニフォームを貰って、それを着てゴール裏で気勢を上げたりしていた。大らかな時代だった。良いか悪いかは別にして。
その当時のユニフォームは白メインだった。山雅=緑となった今では着る事が出来ないので、とりあえずタンスの中で出番の来る日を待ってもらっている。
そう彼が言った時、僕はてっきり本業の過酷なスケジュールで乱心されかけたのかと思ったほどである。
その彼は、学生時代に山雅SCに練習生として参加していた経験のある、いわばOBだった。2002年の天皇杯県予選準決勝を観戦以来、サポーター魂に火が点いているのは知っていた。しかし……。
「マジで!?」
僕は思わずそう叫んでしまったが、断固として言う彼の迫力に押され(この人は常に断固だが)、とりあえずサクラのような形で付き合うことになってしまった。
参加人数は多くても5、6人。少ないと2人。Yahoo!オークションで太鼓を買って、見よう見真似の手拍子、コール。青空の下、2万人入るアルウィンを舞台にするには如何にも心もとないサポーターグループだったが、正直言って楽しかった。見切り発車でも何でも、初めの一歩を刻むのは痛快だ。
――それが「ULTRAS MATSUMOTO」の原風景だった。
酔狂な僕等の応援は、それでも選手たちの励みとなったらしい。その頃は、今以上にクラブと僕等の関係は近く、小林克也さん(現コーチ)から「応援してくれるなら、これあげるよ」なんて、古いユニフォームを貰って、それを着てゴール裏で気勢を上げたりしていた。大らかな時代だった。良いか悪いかは別にして。
その当時のユニフォームは白メインだった。山雅=緑となった今では着る事が出来ないので、とりあえずタンスの中で出番の来る日を待ってもらっている。





